hokuishi.be

『『パンセ』数学的思考』を読んだ

2023/04/29

目次

概要

『パンセ』のテクストの一部の後に、著者による解説が書かれています。 パスカルにはモラリスト、キリスト者、数学者の側面がありますが、この本では特に数学者としてのパスカルに焦点を当てて、時代背景やパスカルの人生を踏まえながらテクストを解釈していきます。
みすず書房の「理想の教室」シリーズは高校生でも理解できる入門書として発行されているため、難解な前提知識を必要としていない印象でした。 また、真面目にテクストを解釈する章の合間に著者の体験談や意見、横道に外れた雑談のようなものがあり、面白い先生の授業を受けているような感じでした。

感想

この本を読む前は『パンセ』は「人間は考える葦である」という言葉のイメージが強くて、人間礼賛のような内容だと思い込んでいましたが、実際はそうではなくてキリスト教を擁護するためにパスカルが哲学や数学、キリスト教などの知識や思想を総動員して綴ったものという認識に変わりました。 パスカルの文章で (翻訳の技術のおかげでもあると思いますが) 文学的な美しい表現と論理的で理性的な主張が共存しているように見えるのは、パスカルの思想の根底に常に祈りがあり、それと数学的思考や理性とは相反するものではなくて、むしろそれらの調和がパスカルの独特な世界認識やそれを表現する文章を生み出しているためだと思いました。
偉大な哲学者や数学者は理性や論理的な正しさのようなものを軸として物事を見ていると思っていたため、パスカルが非理性的な信仰という行為に聞き手を向かわせるように説明をしていることに初めは違和感を持ちました。 しかしパスカルの世界観は、人間存在についての観察と、フラクタル構造や真空、確率論などの思考実験や科学実験の結果から得た無限大・無限小への考察が背景にあったため、理性で全てを理解できるとは考えておらず、「愚カサ」に賭けられるのだと思い、腑に落ちました。 心で第一原理や神を直感し理性で本性を知るということは、とても納得できます。 第一原理をどうやって理性的な推論で導くのかと問われると、やはり言葉に詰まってしまいます。 パスカルは聖書や神を盲信していたのではなく、全ての事象を科学で捉えて心までも科学に還元する現代人の感覚とは異なる当時の状況やパスカルの知識を考えると、論理的で筋の通った説得力のある話をしているのだと感じました。

まとめ

キリスト教やその歴史について勉強して、キリスト者としてのパスカルを理解してから、もう一度テクストを読んでみたいと思いました。 また、『パンセ』の全編の読書にも挑戦したいです。


確率論にはもともと、奇妙なねじれがあります。なぜならそれは、まったくデタラメに起こる純粋な偶然性という無意味さのなかに、その無意味さゆえに生じる意味のある法則や秩序を見出すものだからです。パスカルはそのあたりを熟知しています。信仰への決断という非理性的な行為を、数学的な、したがって理性的な確率計算から帰結させようという目論見もその自覚に基づいているのです。

『『パンセ』数学的思考』 吉永良正